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企業価値を投資家目線で高める——IR部門が押さえるべき7つの取り組み


2025年7月に東京証券取引所がIR体制整備を義務化することで、IR部門の機能は「法的要請への対応」から企業価値を高める戦略投資へと大きく変化することを期待されています。これまでのPERや資本コストといった財務指標に加え、人的資本やブランドなどの無形資産の評価も投資判断に大きな影響を与える時代となっています。


本記事では、持続的な企業価値向上を目的として、IR部門が取り組むべき7つのテーマを投資家目線の価値ドライバーに沿って整理し、実践的なステップとKPIをご紹介します。上場企業やIPO準備企業のIR担当者の方々にとって、実務に直結する内容となっています。


1. イノベーションを数字とともに語る


投資家にとって、研究開発費は単なるコストではなく「将来の収益を生み出すための投資」として評価されます。しかし、多くの企業がR&D支出額は開示するものの、それがどのような市場機会につながり、いつ頃収益化されるのかが不透明なため、投資家は適切な評価を下せずにいます。


特に成長株投資家は、イノベーションによる市場シェア拡大や新市場創造のポテンシャルを重視します。技術力があっても市場化までの道筋が見えなければ「研究開発はしているが収益化が不安」という評価になり、PERの低下要因となります。逆に、明確な成長シナリオと定量的な進捗指標があれば、将来キャッシュフローへの期待が高まり、バリュエーション向上につながります。


実践ポイント

  1. イノベーションKPIの定義と開示

  2. ビジュアル化された成長戦略の提示

  3. 具体的な成功事例の共有



2. 顧客価値データと財務KPIの連動


従来の財務指標は過去の結果を示すものですが、投資家が真に知りたいのは「その収益がどれだけ持続可能か」という点です。売上が伸びていても、それが価格競争による一時的なものなのか、顧客価値向上による質の高い成長なのかで、企業の将来性は大きく異なります。


機関投資家は特に、顧客ロイヤルティの高い企業を評価します。なぜなら、満足度の高い顧客は解約率が低く、追加購入やアップセルの可能性が高いため、安定的なキャッシュフロー創出が期待できるからです。NPSやLTVといった指標は、この「収益の質」を測る先行指標として機能します。

また、サブスクリプションモデルやリカーリング収益が重視される現在、顧客との長期的な関係性構築能力は企業の競争優位性そのものです。投資家は、顧客価値データを通じて企業の「稼ぐ力の持続性」を評価しようとしています。


実践ポイント

  1. 顧客指標とIR KPIの連携

  2. ストーリー化された改善事例

  3. 定期的なVOC(顧客の声)の共有



3. 人的資本をタレントIRへ


労働集約型の事業モデルから知識集約型へのシフトが進む中、企業の競争力は「どのような人材を確保・育成できるか」に大きく依存するようになりました。投資家は、優秀な人材の獲得・定着能力を企業の長期的な成長ポテンシャルを測る重要な指標として捉えています。


特にテクノロジー企業や専門性の高いサービス業では、人材こそが最大の資産です。離職率の高い企業は、採用・教育コストが継続的に発生し、ノウハウの蓄積も困難になります。一方、エンゲージメントの高い組織は、生産性向上、イノベーション創出、顧客満足度向上といった好循環を生み出します。

また、ESG投資の観点からも、多様性の確保や従業員の働きがいは重要な評価要素となっています。人的資本への投資を戦略的に行い、その成果を可視化できる企業は、「持続可能な成長を実現できる企業」として高く評価されます。


実践ポイント

  1. ベンチマーク比較による客観的評価

  2. 人的資本ダッシュボードの構築

  3. リーダーシップと従業員ストーリーの発信



4. DXにより効率性と成長力を両立


デジタル化は単なる業務効率化ツールではなく、ビジネスモデル変革と競争優位性構築の手段として投資家に評価されています。COVID-19を機にデジタル対応力の差が企業業績に直結することが明らかになり、DXへの取り組み度合いは企業の将来性を測る重要な指標となりました。


投資家が注目するのは、DX投資がどれだけ「稼ぐ力」の向上につながっているかです。コスト削減効果だけでなく、新たな収益機会の創出、顧客体験の向上、意思決定スピードの向上など、多面的な価値創造が求められます。


また、データドリブンな経営は、不確実性の高い市場環境において的確な判断を下すための必須能力です。リアルタイムでの業績把握、予測精度の向上、迅速な戦略修正などを通じて、市場変化への適応力を高められる企業が高く評価されています。DX指標の開示は、こうした「経営の質」を投資家に伝える重要な手段となります。


実践ポイント

  1. DX KPIの設定と開示

  2. リアルタイムデータの活用

  3. 投資効果の事例共有


5. ESG・サステナビリティ経営


ESG投資は一時的なトレンドではなく、投資判断の新たなスタンダードとして定着しています。年金基金や保険会社などの機関投資家の多くが、ESGを投資判断に組み込むことを明言しており、ESG対応の遅れは投資対象からの除外リスクにつながります。


投資家がESGを重視する理由は、これらの要素が長期的なリスク管理と収益性向上に直結するからです。気候変動対策を怠れば将来的に規制強化や炭素税の負担が発生し、社会課題への対応が不十分であれば消費者離れやレピュテーションリスクが生じます。逆に、ESGに積極的に取り組む企業は、新たなビジネス機会の獲得、優秀な人材の獲得、資金調達コストの低減などのメリットを享受できます。


特に海外の機関投資家は、ESG情報の開示レベルや第三者認証の取得状況を重視します。TCFDやGRIなどの国際的なフレームワークに準拠した開示は、グローバル投資家からの信頼獲得と投資資金の呼び込みに不可欠です。


実践ポイント

  1. 国際的開示フレームワークの活用・整合

  2. 具体的な取り組みとKPIの連動

  3. 投資家向け情報の最適化


6. 資本効率・財務戦略のストーリーテリング


投資家が最も重視するのは「投下した資本がどれだけ効率的にリターンを生み出すか」という資本効率性です。単に利益が出ているだけでは不十分で、その利益が投下資本に見合うものなのか、資本コストを上回るリターンを継続的に創出できるのかが問われます。


ROIC(投下資本利益率)がWACC(加重平均資本コスト)を上回る企業は「価値創造企業」として評価され、株価プレミアムを享受できます。一方、この関係が逆転している企業は「価値破壊企業」とみなされ、株価は簿価を下回る水準で推移する傾向があります。


また、投資家は経営陣の資本配分能力を重視します。成長投資、株主還元、財務健全性のバランスをどのように取るか、M&Aや新規事業への投資判断は適切か、といった点が評価対象となります。特に、投資回収期間や期待収益率を明示し、実際の成果を継続的に報告できる企業は、「資本配分の巧い経営陣」として高く評価されます。


透明性のある財務戦略の説明は、投資家の予見可能性を高め、適正な企業価値評価につながります。


実践ポイント

  1. 資本政策の明確化

  2. 事業ポートフォリオの最適化

  3. 投資回収計画の透明性


7. ブランド・レピュテーションの数値化


無形資産の価値評価は、現代の投資判断において極めて重要な要素となっています。企業価値に占める無形資産の割合は年々高まっており、S&P500企業では8割以上が無形資産で構成されているとも言われます。しかし、従来の財務諸表では無形資産の真の価値を適切に表現することが困難です。


ブランド力の高い企業は、価格プレミアムの獲得、顧客獲得コストの低減、危機時の回復力向上など、様々な競争優位性を持ちます。投資家は、これらの「目に見えない資産」が将来キャッシュフローにどのような影響を与えるかを評価しようとしています


特に消費者向けビジネスやB2Bサービス業では、ブランド認知度や顧客との信頼関係が収益性を大きく左右します。また、ESG時代においては、企業のレピュテーションがステークホルダーからの支持や人材獲得にも影響します。


投資家は、これらの無形資産の蓄積状況とその持続可能性を定量的に把握したいと考えており、適切な指標での開示が求められています。ブランド・レピュテーションの数値化は、投資家が企業の「見えない競争力」を評価するための重要な材料となります。


実践ポイント

  1. ブランド指標の定期測定と改善

  2. デジタル指標の活用

  3. 第三者評価の活用


IR部門運営のベストプラクティス


①ガバナンス体制の構築

IRポリシーと情報開示基準を取締役会で承認し、年1回の改訂サイクルを設定することで、一貫性のある情報開示体制を構築します。


②クロスファンクショナルチームの編成

経営企画室やCFO直轄にてプロジェクトマネジメントオフィス(PMO)を設置し、各部門と連携するクロスファンクショナルチームを編成します。業務効率化ツールを活用し、情報収集と分析の効率を高めます。


③デジタルツールの積極活用

IR専用SaaS(Q&A管理、説明会配信システム)を導入し、セキュリティとコンプライアンス要件を事前に確認します。デジタル化により、より多くの投資家とのコミュニケーションが可能になります。


④継続的な測定と改善

IR KPIダッシュボードをGoogleアナリティクスやマーケティングオートメーションと連携し、半期ごとのKPIレビュー会を実施します。データドリブンなIR活動により、効果的な投資家コミュニケーションを実現できます。


まとめ|IR部門の取り組みが企業価値のレバレッジになる


これら7つの取り組みは、財務・非財務の両面で企業価値のドライバーを強化します。自社の現状と経営戦略を照らし合わせ、優先度の高いテーマから段階的に着手することで、IR部門は投資家との対話をリードする戦略部署へと進化できます。


東証のIR体制義務化を機に、IR活動を「情報開示の義務」から「企業価値創造のエンジン」へと転換することで、持続的な成長と適正な企業評価の実現が可能になります。投資家目線での価値創造ストーリーを構築し、それを支える具体的な取り組みとKPIの設定により、IR部門は経営戦略の重要な一翼を担う存在となるでしょう。


私たちILY,では、企業価値向上を実現する戦略的IR支援プログラムを提供しています。単なるIR資料の制作ではなく、PERを押し上げるためのナラティブ設計/投資家との関係性のデザイン/統合されたIRコミュニケーション戦略 / IR部門の立ち上げまで、一貫して支援しています。

  • IRナラティブ設計:投資家の期待を引き出すストーリーラインの構築

  • IR資料・統合報告書制作:決算説明・ESGなど非財務との整合性も重視

  • IRサイト・ブランドツールの最適化:対話の第一印象を高めるクリエイティブ設計

  • 伴走型の改善支援:IRチームやCFOとの継続レビュー・改善プロセスを支援


IR活動にお悩みがある方、IR部門の立ち上げに課題をお持ちの企業さま、ぜひお気軽にご相談ください。



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ILY,は、事業創造や成長のためのデザインコンサルティング&クリエイティブファームです。

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