ゼロから最速でIR部門立ち上げ!基本概念と3ヶ月の実践ロードマップ
- SAKI Tsujihara
- 6月8日
- 読了時間: 11分

東証によるIR体制の義務化(2025年7月〜)を前に、「IR担当者がいない」「兼任でなんとか対応していく」という企業も少なくないと思います。しかしながら、IRは単なる法令対応ではなく、株価形成に直結する対話機能であるため、その場しのぎの対応を続けていくことは機会損失になりかねません。
とはいえ、ゼロから体制を整えるには時間も人も足りない──そんな企業にむけて、本記事では「3ヶ月でIR部門を立ち上げる実践ロードマップ」を公開します。
限られたリソースでも、適切な順序と効率的なツールを活用することで、投資家との信頼関係を構築できるIR体制は十分に構築可能です。この3ヶ月間で、企業価値向上に寄与する戦略的IR機能の確立をすすめていきましょう。
IR活動の基本概念:法定対応から戦略的対話までの4層構造を理解する
IR部門を立ち上げる前に、まずはIR活動の全体像を理解することが重要です。多くの企業が「IR=決算発表」と捉えがちですが、実際のIR機能は4つの層で構成されており、これらの層での活動を通じ、経営戦略として企業価値向上に取り組むこと目指していくべきです。
それぞれのレイヤーについて理解を深めていきましょう。

Layer 1:法定対応
目的: 法令遵守と最低限の情報開示義務の履行
まず、レイヤー1の「法定対応」は法定開示を指し、金融商品取引法や上場規則に基づく開示義務への対応がベースラインとなります。具体的には、有価証券報告書、四半期報告書、内部統制報告書などの提出と、決算短信の公表が含まれます。この層は「やらなければ上場廃止リスクがある」最重要項目であり、全ての上場企業が確実に履行する必要があります。
Layer 2:適時開示
目的: 投資判断に重要な情報の迅速かつ公平な提供
次に、レイヤー2の「適時開示」です。ここでは業績予想の修正、重要な契約締結、M&A、役員人事など、株価に影響を与える可能性のある情報を適切なタイミングで開示します。この層では「いつ」「どのように」情報を公表するかの判断力が重要となります。
レイヤー1+2までは必須対応となるため、上場企業は基本機能として所有していると考えられます。そのため、今回の東証による「IR体制の義務化」はレイヤー3以降が該当すると推察できます。
Layer 3:期待コントロール
目的: 投資家の期待値と企業の実力の適正化
レイヤー3は「期待値コントロール」です。市場の期待と企業の実際の能力との間にギャップが生じると、投資家の失望を招き、株価の大幅な変動につながる場合があります。期待コントロールとは、業績ガイダンスの設定、リスク要因の説明、中長期戦略の共有を通じて、現実的で達成可能な期待水準を投資家と共有することです。
株価決定の代表的な方程式は次のように説明できますが、「期待値コントロール」は「PER」に該当する活動であることも理解しておきたい点です。

残念ながら日本の上場業のPERは米国の企業にべ30〜40%低く、欧州とは同水準かやや低いのが現状です(2025年6月現在)。今回東証は「上場企業のIR部門設置義務化」と合わせ、プライム市場には「英文開示」も求めています。これは明らかに海外投資家の資本獲得に向けた動きです。
Layer 4:戦略的対話
目的: 投資家との双方向コミュニケーションによる相互理解の深化
レイヤー4は「戦略的対話」です。最も高次のIR機能として、投資家との継続的な対話があります。投資家からの意見は耳が痛く、対話に対し消極的な企業も多いと思われますが、投資家は自社以外の多くの企業をチェックしており、企業価値向上に向けて有益な意見をもらえることは少なくありません。
決算説明会、個別面談、IR Day、製造拠点を持っている企業であれば工場見学会などを通じて、数字だけでは伝わらない企業の真の価値や経営陣の想いを共有するなど、さまざまな工夫が可能です。もっともライトな形式では、公式のXアカウント開設・運用なども対話や情報収集に向けて有効な手段であると考えられます。
ここでは、投資家からのフィードバックを経営戦略に活かすことを前提に活動を推進する必要があります。「投資家が何を懸念しているか」「どの部分に注目しているか」という市場の声を経営陣にフィードバックすることで、IR部門は単なる広報機能を超えた戦略的価値を発揮します。
4層構造を意識した段階的構築
前述した通り、上場企業であれば、Layer 1(法定対応)・Layer 2(適時開示)は既に実施されているはずです。

ここからご紹介する3ヶ月のロードマップでは、既存の法定対応・適時開示業務の効率化と品質向上を 1ヶ月目で実現し、Layer3(期待コントロール)を2ヶ月目で本格化、Layer4(対話機能)を3ヶ月目で構築する設計となっています。
多くの企業では「法定対応はできているが、期待コントロールや投資家対話が不十分」という状況にあります。このロードマップでは、既存業務を効率化しながら、より戦略的なIR機能を段階的に積み上げていくことを狙います。
0ヶ月目:準備フェーズ
経営層の合意形成とIR戦略の明確化
IR部門立ち上げの第一歩は、投資家との関係構築が企業価値向上にどう貢献するかを経営層に明確に示すことです。IRの役割を「法定対応+適時開示+期待コントロール+対話」の4層で定義し、単なるコンプライアンス対応ではなく、事業戦略と連動した価値創造機能であることを証明します。
具体的には、同業他社のPER比較や、IR活動充実企業の株価安定性データを用いて、IR活動の投資対効果を数値で提示します。また、現状の課題として開示遅延リスクや投資家からの評価の低さを定量化し、改善の必要性を明確にします。
現状開示業務の棚卸しと課題の可視化
過去3期分の決算資料や適時開示履歴を収集し、現在のIR関連業務フローを体系的に整理します。特に重要なのは、属人化している業務をRACI表で可視化し、開示遅延リスクや情報漏洩リスクがどこに潜んでいるかを特定することです。
投資家からの過去の質問事項も収集・分析し、市場が自社のどの部分に関心を持っているか、どのような情報ギャップがあるかを把握します。これにより、今後のIR活動で重点的に訴求すべきポイントが明確になります。
内製・外注の戦略的区分けと体制設計
限られたリソースでIR機能を最大化するため、内製すべき業務と外注可能な業務を戦略的に区分けします。経営戦略に関わる情報発信や投資家との対話は内製し、資料作成やデータ分析などはAIツールや外部支援を活用する設計を行います。
私たちILY,が提供しているDesign for IRのような専門サービスの活用範囲を確認し、3ヶ月後の理想的な体制像から逆算した段階的な移行計画を立案します。この段階で予算配分と人員計画の承認を経営層から取得することが重要です。
実践ポイント:
経営層に対してIR活動のROIを具体的な数字で提示
現状の課題(開示遅延リスク、投資家評価の低さ)を定量化
内製業務と外注業務の明確な区分けを実施
1ヶ月目:既存業務の効率化と標準化
開示業務フローの見直しと効率化
上場企業として既に実施している法定開示・適時開示業務について、現在のフローを見直し、効率化できる部分を特定します。Google SheetsやNotionを活用して開示スケジュールを一元管理し、関係部署間の連携を円滑化します。
特に重要なのは、決算発表から適時開示まで一貫したメッセージングができているかの確認です。各部署がバラバラに情報発信するのではなく、IR部門が司令塔となって統一感のある開示を実現します。
資料テンプレートの標準化と品質向上
既存の決算説明資料や開示資料を見直し、投資家にとってより分かりやすく、一貫性のある資料テンプレートを作成します。ChatGPTや社内AIツールを活用したドラフト生成ワークフローを構築し、作成時間の短縮と品質の安定化を図ります。
また、投資家からよく受ける質問をFAQ形式で整理し、迅速かつ正確な回答ができる体制を構築します。これにより、個別対応の工数削減と回答品質の標準化が実現できます。
Expectation Reviewの開始
投資家からの質問や市場の反応を週次で収集・分析し、「PERに影響する重要な論点」を可視化する仕組みを開始します。これにより、市場の期待と企業の実態とのギャップを早期に発見し、適切な情報発信で期待コントロールを行えるようになります。
Month 1のKPI目安:
開示資料作成時間30%短縮
資料の誤記・ミスゼロ達成
FAQ更新率100%維持
2ヶ月目:チームとツールの整備
IRチームの暫定組成
効率的なIR運営のため、役割分担を明確にしたチーム体制を構築します。週10〜20時間の工数配分で、現実的に運営可能な体制を設計します。
役割 | 週間工数 | 主な責任範囲 | 使用ツール |
IRリーダー | 8時間程度 | 戦略立案・投資家対応・経営報告 | Notion / Slack / Google Drive |
アシスタント | 12時間 | 資料作成・情報収集・スケジュール管理 | Chat GPT / Canva |
広報連携担当 | 4時間 | SNS配信・コンテンツ配信・メディア対応 | SNS管理ツール / Descript |
KPI設計とモニタリング
IR活動の成果を測定するKPIを設定し、定期的に進捗をモニタリングする仕組みを構築します。IR・PR部門の持ちうるKPIは「発信数」「PVやインプレッション数」などのアウトプット指標が中心になりますが、準備フェーズで合意したアウトカム指標に向けて実施計画を詳細化することが本フェーズの重要な取り組みです。
IRサイトのページビュー数、投資家面談件数、コンテンツ配信数などを週次で記録し、数値の変化を通じてIR活動の効果を可視化します。また、ステークホルダー向けの報告も簡易化し、経営層がIR活動の進捗と成果を把握しやすい形で情報提供を行います。
IR部門の目標設定(OKR例)
明確な目標設定により、チーム全体のベクトルを統一します。投資家とのコミュニケーション戦略に応じて、実現可能で測定可能な目標を設定することが重要です。
Objective: 投資家との対話量と質を可視化し、株価期待に応える体制をつくる
Key Results:
決算後1週間以内にFAQ公開を100%達成する体制を定着させる
次回決算までにIRサイト訪問数を現状の1.5倍に向上させる
主要株主との定例面談を四半期で5件以上実施する
実践ポイント:
IRリーダーは財務・経営戦略の知識が必要
アシスタントは資料作成や投資家対応のサポートを担当
広報連携担当はIR情報のSNS発信や広報活動との調整を行う
KPIは「アウトプット指標」と「アウトカム指標」の両方を設
3ヶ月目:拡張と対話強化
投資家コミュニケーション深化のための拡張コンテンツ戦略
3ヶ月目には、基本的なIR活動に加えて、投資家とのコミュニケーションを深めるための拡張コンテンツの計画や準備を進めます。IRサイトを充実させ、投資家が知りたい情報(業績推移、経営戦略、成長ストーリー)を集約し、分かりやすく伝える工夫を実装します。
NotionやWordPressを活用してIR QuickLink付きのミニサイトを構築し、投資家が求める情報にスムーズにアクセスできる環境を整備します。また、決算ダイジェスト動画など、経営者が直接説明することで信頼性を高める工夫を取り入れ、AI編集ツールを活用して制作効率を向上させます。
IR・PRの統合的アプローチとブランディング強化
ILYでは、事実情報として発信できるIRに加え、会社全体のPRやブランディング等に関与するPR情報の発信も積極的に行っていくことを推奨しています。投資家とのコミュニケーション戦略に応じて適切な施策やコンテンツを計画し、企業の多面的な価値を伝える統合的なアプローチを実現します。
SNSでの反響やウェブサイトでの行動分析を通じて、どのコンテンツが投資家に響いているかを把握し、継続的にコンテンツ戦略を改善していきます。
IR活動の効果測定とレビュープロセスの確立
3ヶ月目にはIR活動の効果を測定・評価するためのレビュープロセスを確立します。投資家アンケートによる満足度調査を実施し、改善点を定期的に収集してPDCAサイクルに組み込みます。
3ヶ月間で構築したIR業務フローとテンプレートを体系的にマニュアル化し、新たな担当者でも円滑に業務を引き継げる状態を作ります。これにより、IR機能の属人化を防ぎ、安定的な運営体制を確立します。
実践ポイント:
IRサイトには投資家が知りたい情報(業績推移、経営戦略、成長ストーリー)を集約
決算ダイジェスト動画など、経営者が直接説明することで信頼性を高める工夫
投資家アンケートで満足度や改善点を定期的に収集し改善プロセスに組み込む


まとめ
IR部門の整備は「時間をかけるべきこと」ではなく、「今すぐ始められる設計」で進めるべきです。3ヶ月の集中フェーズを通じて、最小工数で最大の信頼を得るIR体制の構築は十分に可能です。
最初から完璧を目指すのではなく、段階的に機能を拡張していくように部門設計を行い、まずは最低限の体制を整え、成長させていくイメージで構築を進めていただけると良いと考えています。1ヶ月目で基盤を固め、2ヶ月目でチーム体制を整備し、3ヶ月目で対話機能を強化...など、各社によって必要な対応は異なりますが(対話レイヤーはもう少し後で実施など)、義務化対応を超えた戦略的IR機能を確立できます。
このロードマップを参考に、自社の状況に応じてカスタマイズしながら、持続可能なIR体制の構築を進めていただけますと幸いです。
私たちILY,では、企業価値向上を実現する戦略的IR支援プログラムを提供しています。単なるIR資料の制作ではなく、PERを押し上げるためのナラティブ設計/投資家との関係性のデザイン/統合されたIRコミュニケーション戦略 / IR部門の立ち上げまで、一貫して支援しています。
IRナラティブ設計:投資家の期待を引き出すストーリーラインの構築
IR資料・統合報告書制作:決算説明・ESGなど非財務との整合性も重視
IRサイト・ブランドツールの最適化:対話の第一印象を高めるクリエイティブ設計
伴走型の改善支援:IRチームやCFOとの継続レビュー・改善プロセスを支援
IR活動にお悩みがある方、IR部門の立ち上げに課題をお持ちの企業さま、ぜひお気軽にご相談ください。