IR体制義務化の背景とは?今こそIR部門を立ち上げるべき理由
- SAKI Tsujihara
- 6月6日
- 読了時間: 6分
更新日:6月7日

2025年7月より東京証券取引所(東証)はすべての上場企業に対して、IR(投資家向け広報)体制の整備を義務化する方針を発表しました。これにより、これまで「決算資料+適時開示だけ」でIRを済ませていた企業も、改めてIR機能をどう担保するかが問われる時代が始まります。
本記事では、東証がIR体制を義務化する背景、IR部門の立ち上げが企業にとっていかに戦略的意味を持つか、そして今からIR活動を強化することで得られるメリットを整理してお伝えしていきたいと思います。
東証がIR体制整備を義務化した背景とは?
東証がIR体制整備を義務化した背景はいくつかありますが、ここでは重要な3点に絞ってお伝えしたいと思います。
背景1. 海外投資家の評価基準が変化している
従来、投資判断は売上成長率やROEといった財務指標が中心となっていましたが、近年の機関投資家は投資先企業の長期的な価値創造能力を重視するように変化しています。具体的には、ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組み、人的資本の活用状況、経営の透明性といった要素が投資判断の重要な材料となっています。
この変化の中で、IR体制=信頼できる企業の入口と認識されるようになりました。なぜなら、充実したIR体制を持つ企業は、財務情報だけでなく非財務情報も含めて投資家と建設的な対話ができる体制が整っているからです。透明性の高い情報開示と積極的な対話姿勢を持つ企業が、投資家から選ばれる時代へと変化しつつあるということです。
背景2. 株価形成に非財務情報の影響が拡大
株価は企業の将来価値に対する市場の期待を反映します。PER(株価収益率)も、現在の利益だけでなく将来への期待値で構成されるため、将来の成長ストーリーをいかに説得力を持って語れるかが株価評価に直結します。
従来は売上や利益といった財務指標が株価評価の中心でしたが、現在は事業の持続性、競争優位性の源泉、経営陣の戦略実行力、ESGへの取り組みなど、数字では表現しきれない企業の真の価値が重視されています。投資家は「なぜその業績を達成できたのか」「今後どのような戦略で成長していくのか」といった背景にあるストーリーを求めており、それを的確に伝える企業が高く評価される構造になっています。
つまり、優れた業績を上げていても、それを適切に市場に伝える仕組みがなければ、企業価値が正当に評価されない可能性があるのです。今回の義務化においては、この点で多くの企業が機会損失を行なっているという東証側の判断もあると推察されます。
背景3. 日本企業のIR体制は脆弱だという危機感
日本企業のIR体制の現状は、国際水準と比較して大きく遅れているのが実情です。実際、IPO後5年以内の上場企業のうち約4割がIR専任担当を持っていない(ILY調べ)という調査結果があります。
海外、特に米国の上場企業では、IR担当者が経営陣と密接に連携し、投資家との継続的な対話を通じて企業価値の向上に貢献するのが当たり前となっています。一方、日本企業の多くは「決算発表+適時開示」に留まり、投資家との能動的な対話が不足している状況です。
この状況を放置すれば、日本企業への投資魅力度が相対的に低下し、結果として日本市場全体からの資金流出や、優良企業の海外市場への流出といった事態を招きかねません。東証がIR体制の義務化に踏み切った背景には、日本市場の国際競争力を維持・向上させるという強い危機感があるのです。
IR部門を持つことが企業にもたらすメリット
IR部門を立ち上げるには新たな投資が求められますが、IR活動による情報発信や株主とのコミュニケーションにはメリットも多くあります。ここでは主なメリットを3点お伝えさせていただきます。
メリット1. 期待ギャップのコントロール
株価の乱高下の多くは、投資家の期待と企業の実力との間にギャップが生じることで発生します。例えば、業績好調な企業でも市場が過度に高い成長を期待していれば、予想を下回った瞬間に株価は大きく下落します。逆に、堅実な企業でも適切に情報発信できていなければ、本来の価値より低く評価される可能性があります。
IR活動の本質は、この期待のコントロールにあります。定期的な投資家との対話を通じて、企業の現状と将来計画を正確に伝え、現実的で達成可能な期待水準を市場と共有することができます。これにより「過度な期待による急落リスク」も「過小評価による機会損失」も防ぐことができ、結果として健全で安定した株価形成に寄与します。
継続的なIR活動により構築される市場との信頼関係は、短期的な業績変動があっても企業の長期的価値を理解してもらえる基盤となるのです。
メリット2. 経営と投資家視点の接点構築
IR部門の価値は、外部への情報発信だけに留まりません。IR担当者は投資家からの質問や懸念を日常的に受けるため、市場が企業のどの部分に注目し、どのような課題を感じているかをリアルタイムで把握できる立場にあります。
この情報は経営陣にとって極めて価値の高いフィードバックとなります。例えば、投資家から「サステナビリティ戦略が見えない」という指摘が多ければ、それは経営戦略の重要な盲点を示しています。また、「競合との差別化要因が不明確」という声があれば、マーケティング戦略の見直しが必要かもしれません。
IR部門があることで、財務・事業・広報・サステナビリティといった社内横断の情報ハブが生まれ、各部門の取り組みを投資家目線で整理・統合する機能が生まれます。これにより、経営戦略そのものの精度向上や、社内での戦略的思考の深化が期待できます。つまり、IR部門は単なる広報部門ではなく、経営の質を高める戦略的機能なのです。
メリット3. 非財務の強みを価値変換できる
現代の企業価値評価において、財務指標だけでは企業の真の競争力を測ることはできません。優秀な人材の確保・育成力、技術革新を生み出す組織文化、持続可能な事業運営体制、顧客との信頼関係など、バランスシートには現れない無形資産こそが、企業の将来価値を決定する重要な要素となっています。
しかし、これらの価値は「見える化」が難しく、多くの企業で持っている価値と市場評価の間にギャップが生じています。例えば、高度な技術力を持ちながらも、それを投資家に分かりやすく説明できずに適正評価を受けていない企業は少なくありません。
IR部門が橋渡し役となることで、人的資本の厚み、技術的優位性、ESGへの取り組み、ブランド価値といった無形資産を、投資家が理解しやすい形で「翻訳」し、市場価値として顕在化させることができます。これは単なる情報発信ではなく、企業の潜在価値を市場価値に変換する価値創造活動そのものなのです。
まとめ:IR部門はコストではなく企業価値の基盤
IRは義務対応ではなく、「未来の株価を支える対話の装置」です。東証のルール変更は、IRの本質的な役割を再定義し、企業価値向上の重要な武器として活用するチャンスとも言えるでしょう。
適切なIR体制を構築することで、投資家との建設的な対話が生まれ、結果として持続的な企業価値の向上につながります。今こそ、IR部門を戦略的投資として捉え、本格的な取り組みを開始する絶好のタイミングです。
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