本シリーズでは4回に渡って、プロジェクトデザインについてお伝えしていきます。
新規事業や既存事業の高度化などでプロジェクトをスタートされる場合、やみくもにプロジェクトを始めても、うまく行かない場合がほとんどです。プロジェクトを始める前に、プロジェクトとプロジェクトデザインの全体像を理解しましょう。
プロジェクトとは言うまでもなく、特定の目的を達成するために計画された期限がある活動のことです。新しい事業を興すためのプロジェクト、今までのビジネスをもとに新たな領域を探すためのプロジェクトなど、さまざまなケースがあります。
・プロジェクト推進力を高めたい
・プロジェクトを推進できる人材を育成したい
といった方々のお役に立てますと幸いです。
アウトカムとナレッジマネジメント
プロジェクトのアウトカムは「プロジェクトを通じて獲得された成果」として、主に要件定義時に規定した成果物などのアウトプットによって得られたものを指します。
しかしながらプロジェクトによって獲得しうるアウトカムには「独自の知見や情報」や「プロジェクトをより効率的に進める手法」などチームが独自に獲得したナレッジ、「個人のスキルアップ」なども含まれます。
プロジェクトをより有意義にするために、ぜひこのようなアウトカムにも目を向け、ナレッジマネジメントやチームメンバーの成長支援を行ってください。
特にナレッジマネジメントは、プロジェクトを通じて得た独自の知識をチームの強みや会社・組織の重要な資産として形成する意味で非常に重要です。ナレッジ=知識は「データ」「情報」と混同されがちですが、「教えられる」「論じられる」といった特性を持ちます。知識は組織内での再現性と有用性が高く、人材育成に活用したり後続や関連プロジェクトに良い影響を与えます。
しかしながらこのような知識の割合は平均して12%に満たないことがわかっており、ナレッジマネジメントの取り組みが容易でないことは明白です。とはいえこうした知識が、会社や組織の強み・経営判断や戦略の基盤となるため、その重要性は無視することができません。
「プロジェクトの目標達成やKGIに直接関係ないから」と、こうしたナレッジマネジメントを軽視するのではなく、チームの重要な目標として取り組んでいただけると嬉しいです。
ナレッジマネジメントとSECIモデル
ではここからは、ナレッジマネジメントに取り組むための具体的な活動についてご紹介いたします。ナレッジマネジメントの基本となる考え方は「暗黙知を形式知に変換し、活用可能な状態にする」です。暗黙知とは個人やチームが「なんとなく理解しているが明確でない」知識のことです。「明確でない」とは言語化や文書化がされていない状態を指します。ナレッジマネジメントのフレームワークとしてはSECIモデルが有名です。
SECIモデルに関する詳しい説明はここでは省きますが、出典については本記事の参考文献をご参照ください。
ナレッジマネジメントの事例:プロジェクトアリストテレス / Google
ナレッジマネジメントに関する事例を1つご紹介いたします。とあるアメリカの会社では、生産性の高いチームとそうでないチームがあることに気づき、それらの違いや原因を分析することで「生産性の高いチームの作り方」が特定できるのではないかと考えました。
この知識の活用によって、多くのチームの生産性を向上させることが狙いでした。このナレッジマネジメントプロジェクトでは、生産性の高いチームに必要な要素として「心理的安全性」をはじめ5つの要素があることを発見・発表し大きな話題を呼びました。これが有名なGoogleのプロジェクトアリストテレスです。このプロジェクトはナレッジマネジメントの一例として、その有用性を理解するのに非常に示唆に富んでいます。
ナレッジマネジメントの第一歩は、そうした情報がチームや組織に存在していることを理解し、どんな種類があるのか、それらが形式知となり活用されることでチームや組織にどんなメリットがあるのかを理解することです。ぜひチームや組織で検討してみてください。
プロジェクトのエラーを評価し対処する
プロジェクトのエラーや問題に対処する方法の確立も、一種のナレッジマネジメントであると言えます。複雑で新規性が高い領域のプロジェクトであればあるほど、想定外の問題が発生する可能性が高いため、プロジェクトを通じて問題解決のステップをチーム内で確立していくことをお勧めします。
問題解決のステップは一般的に次のようになります。
まずはじめに、問題意識の明確化を行います。業務のあるべき姿を具体的に描き、現状と比較し問題を明確にします。問題意識の明確化はチームで行うことをお勧めします。具体的には定期的な振り返りやKPTなどの手法を活用するとよいでしょう。
つぎに、その問題発生箇所の特定を行います。問題箇所の特定では思い込みを排除し、全体の傾向を掴むことや事実情報を重視するよう注意しましょう。ヒアリングやログを活用し、どこに課題が集中しているのかを特定し、その中から優先度の高い課題を絞り込んでいきます。
そして真因の追求です。前のステップで絞りこまれた問題点を生む原因を洗い出し、恒久的な対策につながる本質的・構造的な原因を特定します。
最後に、対策の立案・実行を行います。本質的・構造的な問題発生原因を解決するため、最小リソースで最大効果を狙える対策を計画し確実に実行することが重要です。また、対策は仕組み化して実行し、ヒューマンエラーを防ぐことを目指してください。
プロジェクトのエラーを評価し対処する
プロジェクトの課題に対処するため、ヒューマンエラーとシステムエラーについて理解しておくことは非常に重要です。
ヒューマンエラーとシステムエラーは、それぞれ人間が起こすミス・システムによって起きるミス、と定義されます。しかしながら、人が起こすミスを個人の能力の問題として簡単に処理してしまうことはチームや組織の成長を妨げる原因になるため、エラーの原因を注意深く観察し適切な対処を行う必要があります。
ヒューマンエラーは大きく「意図しない行為」と「意図的な行為」の2つに分類できます。
意図しない行為の中には、覚えられない・思い出せないなどの「記憶エラー」、見逃しや聞き間違いと言った「認知エラー」、適切な判断を行うことができないなどの「判断エラー」、方法や手順を間違ってしまう「行動エラー」などが含まれます。これらの意図しない行為によるエラーは、個人個人に委ねるのではなくルールやガイドを整備するなど、システムで処理すべき領域と言えます。
逆に意図的行為に含まれるような、横着や手抜きといったルール違反はシステムで処理することは難しいため、処罰の対象にするなど繰り返しの違反を防ぐ工夫が必要となります。
プロジェクトの中で起こるヒューマンエラーを正しく理解・分解し、可能な限りシステムや仕組みとして、改善や対策が講じられることが好ましいでしょう。
ヒューマンエラーを取り除く考え方
ヒューマンエラーを取り除く考え方として、日本とアメリカのチェックリストの違いを例としてご紹介いたします。
私たち日本人にとって、このような日本版のチェックリストに違和感は少ないでしょうが、アメリカ版のチェックリストと比較すると「水槽」は「水槽A」、「適温」は「60度」、「水量」は「赤い線より下」など誰でも間違いなくチェックできるようになっていることに気づくのではないでしょうか。
このように仕組みとして「誰でもできる」状態にしておくことや、「初めての業務でも間違いなく実施できる」形式であることがヒューマンエラーを取り除くために重要であると考えられます。プロジェクトで起こる問題をヒューマンエラーとして短絡的に処理する前に、一度こうした視点に立ってみることをお勧めします。
プロジェクトデザインと指標管理
次回は「プロジェクトデザインと指標管理」についてご紹介させていただきます。
【参考書籍】
・中鉢慎『外資系コンサルが教える難題を解決する12ステップ プロジェクトリーダーの教科書』かんき出版
・グロービズ『ファシリテーションの教科書: 組織を活性化させるコミュニケーションとリーダーシップ』東洋経済新報社
・飯野謙次『仕事が速いのにミスしない人は、何をしているのか?』文響社
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