防衛テックの最前線、地政学とテクノロジーが交差する新産業の潮流
- SAKI Tsujihara
- 2 日前
- 読了時間: 7分

はじめに
2024年以降、国際情勢の変化とテクノロジーの進歩が重なり合い、「防衛テック」という新たな産業領域が急速に注目を集めています。本記事は、この変革の波を読み解き、ビジネス機会を探る方々に向けて執筆しました。
スタートアップや投資先候補を探すVC・CVCの方
防衛産業の変革に関心のある新規事業開発担当者
国際情勢や地政学とビジネスの交差点に関心のある経営層
私が本領域に興味を持ったのは、「防衛テック = 戦争を起こさないための技術」という背景によるものです。地政学的に不安定な状況が続く中、こうした技術領域について理解しておくことは大変重要であると考えています。
本記事が「防衛・安全保障の文脈でイノベーションがどう起こっているか」「これから日本でも重視される領域は何か」などについて、皆様が興味を持つきっかけとなりましたら幸いです。
防衛テックとは?— 産業の再定義の兆し
"防衛テック(DefenseTech)"とは、国の安全保障に関連する技術革新領域の総称です。ドローン、AI、衛星通信、サイバー防衛、量子暗号、センサー、シミュレーション技術などが含まれ、従来の兵器開発とは一線を画した、民間発のイノベーションが軍事・防衛分野に転用される新しい潮流を指します。
この変化の背景には、現代の地政学的な変動があります。ロシア・ウクライナ戦争では、ドローンやサイバー戦が戦況を左右し、従来の重厚長大な軍事装備だけでは対応できない現実が浮き彫りになりました。また、サイバー空間や宇宙空間が新たな"戦場"として認識され、これらの領域では民間企業の技術力が国家の防衛力を決定づける要因となっています。
こうした環境変化を受け、各国政府は国家予算の一部を民間イノベーションとの連携に振り向ける動きを加速させています。アメリカのDIU(Defense Innovation Unit)、NATOのDIANA(Defence Innovation Accelerator for the North Atlantic)などがその代表例で、スタートアップの技術を短期間で実用化する仕組みが構築されつつあります。結果として、防衛テックは今、急成長市場かつ国家戦略の中核として、世界各国で再定義されています。
防衛テックの注目領域と先行企業
現在の防衛テック市場では、以下の6つの領域が特に注目を集めています。それぞれの領域の特徴と、先行企業についてご紹介していきます。
1. 自律型ドローン/無人機
偵察・攻撃・輸送などを担うドローンは、現代の防衛において新たな主役となっています。AIによる目標認識・自律航行技術の精度向上により、人員を介さずに複雑な任務を遂行することが可能になりました。ウクライナ戦争では、小型商用ドローンが戦況を変える場面が数多く報告され、その戦略的価値が実証されています。
2. サイバー防衛・AIセキュリティ
サイバー攻撃・情報戦が新たな主戦場となる中、AIを用いた防衛型システムへの注目が高まっています。重要インフラや通信網への攻撃を予測・遮断するシステムが求められ、従来の事後対応型から予防型のセキュリティへのパラダイムシフトが進行中です。
Darktrace(英):AI技術を活用してサイバー脅威を自動検知・対応する英国のユニコーン企業。2021年にロンドン証券取引所に上場し、現在は世界100カ国以上で8,000社以上にサービスを提供
Palo Alto Networks(米):次世代ファイアウォールのリーディングカンパニー。AI・機械学習を統合したセキュリティプラットフォームを展開し、時価総額は約1,000億ドル規模
Cybereason(米/日本):エンドポイント検知・対応(EDR)技術に強みを持つサイバーセキュリティ企業。日本法人も設立し、APT攻撃対策で高い評価を獲得。2021年にソフトバンクから2.75億ドルの投資を受ける
3. 宇宙・衛星インフラ
衛星通信・位置情報・地球観測などの宇宙インフラは、現代の軍事作戦にとって不可欠な要素です。小型衛星の大量配備やリアルタイム観測技術の革新により、宇宙空間での優位性確保が国家戦略の重要な柱となっています。
SpaceX(米):Starlink衛星コンステレーションを運用するイーロン・マスク率いる企業。軍事・防衛分野でも通信サービスを提供し、ウクライナ戦争では戦況に大きな影響を与えた。企業価値は約2,000億ドル
Capella Space(米):SAR(合成開口レーダー)衛星による地球観測サービスを提供。天候に左右されない24時間監視能力で、防衛・インテリジェンス機関向けにリアルタイム情報を提供
Synspective(日本):SAR衛星データ解析に特化した日本のスタートアップ。独自のAI技術により、災害監視から防衛用途まで幅広い地球観測サービスを展開。2023年にシリーズBで約100億円を調達
4. 通信&暗号化技術
量子暗号や超高速通信技術は、安全保障上の通信インフラを構成する基盤技術として位置づけられています。特に量子鍵配送(QKD)は、理論上解読不可能な通信を実現する次世代の軍用通信基盤として、各国が開発競争を繰り広げています。
Arqit(英):量子暗号技術のパイオニア企業。衛星ベースの量子鍵配送システム「QuantumCloud」を開発し、軍事・政府機関向けに超高セキュリティ通信を提供。2021年にNASDAQに上場
ID Quantique(スイス):1999年設立の量子暗号技術の老舗企業。世界初の商用量子鍵配送システムを開発し、金融機関や政府機関に量子セキュリティソリューションを提供
東芝(日本):量子暗号通信技術で世界をリードする日本企業。2020年には600km超の長距離量子鍵配送に成功し、実用的な量子セキュリティネットワークの構築を推進
5. モデリング&シミュレーション
現代の防衛計画では、仮想空間での演習・評価が不可欠な要素となっています。リアルタイムデータやAIを活用したシミュレーション技術により、実際の戦闘を経験することなく、様々なシナリオでの対応策を検討・訓練することが可能になっています。
Palantir(米):ビッグデータ解析・AI技術で防衛・諜報機関向けにデータ統合プラットフォームを提供。リアルタイム情報分析により作戦計画立案を支援し、時価総額は約600億ドル規模
CAE(カナダ):軍事・民間航空分野のシミュレーション技術で世界最大手。パイロット訓練から戦術シミュレーションまで、幅広い防衛訓練ソリューションを提供し、年間売上は約40億CAドル
Mitsubishi Electric(日本):レーダー・通信システムに加え、防衛シミュレーション技術でも高い技術力を保有。自衛隊向けの戦術シミュレーター開発で実績を積み重ねる
6. 二重用途技術(Dual Use)
民間で開発された技術を防衛転用する流れが加速しています。AI、AR、エッジコンピューティングなどの汎用技術が代表例で、民間発のイノベーションを国家安全保障に活かす取り組みが各国で本格化しています。この領域では、技術の汎用性と専門性のバランスが競争優位の鍵となります。
Microsoft(HoloLens):AR技術「HoloLens」を軍事用途に転用したIVAS(Integrated Visual Augmentation System)を米軍に提供。兵士の状況認識能力向上に貢献し、約220億ドルの契約を獲得
Amazon AWS GovCloud:政府・軍事機関向けクラウドサービスを提供。高度なセキュリティ要件を満たしながら、AIや機械学習サービスを防衛分野に展開
Rafael Advanced Defense Systems(イスラエル):イスラエルの防衛技術企業。Iron Dome防空システムの開発企業として知られ、民間技術との融合により革新的な防衛ソリューションを創出
おわりに — 防衛産業の再定義とスタートアップの役割
防衛テックは、従来の"国家専属"の閉鎖的な領域から、民間スタートアップのテクノロジーを国家安全保障に活用する"開かれた産業"へと大きく転換しつつあります。日本においても、経済安全保障の重要性が高まり、防衛費の増加、宇宙・AI・サイバー分野への重点的な投資が進んでいます。こうした政策転換を背景に、今後は民間技術を基盤とした防衛産業が台頭し、新たなビジネス機会が創出される可能性が高まっています。
特に注目すべきは、防衛テック領域では技術の優位性だけでなく、規制対応力、国際連携、倫理的配慮など、多面的な経営能力が求められることです。単なる技術開発にとどまらず、社会的責任を果たしながら持続的な成長を実現するスタートアップが、この新産業の主役となっていくと考えられます。
ILYでは、こうした次世代産業におけるスタートアップ支援や投資検討、IPOに向けたブランド戦略支援を通じて、社会課題と成長産業の交差点で価値を創出していきます。防衛テックという新たな産業領域の発展とともに、持続可能な社会の実現に貢献してまいります。